【目黒 大圓寺】石仏群に込められた哀しい歴史と江戸裏鬼門を守った大黒天の寺(元祖山手七福神)

東京で七福神関連の神社・寺
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JR山手線、東京メトロ南北線、東急目黒線目黒駅から5分ほど、近くには有名な目黒雅叙園や、ホリプロの事務所がある急坂(行人坂)の真ん中に現れる異空間、それが目黒大圓寺(松林山大円寺)です。入口は小さいですが、一歩中に入ると壮絶な石仏群に出迎えられ、なんとも不思議な世界に誘われます。
見どころも逸話もたくさんあります。
可能な限り、一つずつご紹介していきますのでどうぞお付き合いください!

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大圓寺とは

大圓寺本堂
大圓寺本堂

目黒大圓寺は天台宗の寺。
1615年頃、出羽三山の一つ湯殿山の修験僧大海法印が、目黒に祈願道場を開いたのが始まりとされてます。

名称松林山 大圓寺
住所東京都目黒区下目黒1丁目8ー5
電話番号03-3491-2793
最寄駅JR山手線・東急目黒線・東京メトロ南北線 目黒駅
拝観時間8:00〜17:00
ご本尊釈迦如来
文化財清涼寺式釈迦如来立像(国指定文化財)
大円寺石仏群(東京都指文化財)
木像十一面観音立像(目黒区指定文化財)
目黒川架橋供養勢至菩薩石像(目黒区指定文化財)
木造阿弥陀三尊(目黒区指定文化財)
釈迦如来立像(目黒区指定文化財)
目黒 大圓寺 基本情報

目黒川架橋供養勢至菩薩石像

目黒大圓寺の山門をくぐる前に、行人坂を下っていると道祖神のように祀られたお堂があります。
いきなり目黒区指定文化財
まさかこんな人知れないようなところに文化財があるとは思いませんよね・・・。

こちら、「目黒川架橋供養勢至菩薩石像」です。

大圓寺勢至菩薩石像
大圓寺の境内外、道路脇に指定文化財が!
行人坂と勢至菩薩石像についての説明板があります。

境内から伸びた樹木の枝葉で少し暗い雰囲気の中にあるので、独特の異界感です。

ふくみみ
ふくみみ

行人坂は意外に車通りが激しいので、参拝の際は十分ご注意くださいね。

大圓寺境内について

境内はそれほど広くはないのですが、本堂・阿弥陀堂・釈迦堂があり、大圓寺石仏群をはじめ史跡名跡も山ほどあります。
順にご紹介します!

大円寺石仏群

大圓寺の山門をくぐるとすぐに左手に壮観な景色が広がります。
思わず「うわあ〜!」と叫んでしまう迫力。
この一体一体に大火の犠牲者への供養が込められていると思うと尚更感慨深く感じられます。
※大火については後述します。

大円寺石仏群
大圓寺石仏群(石碑)
大圓寺五百羅漢
大圓寺五百羅漢石像

「大円寺石仏群」は以下の520体の石像から成る石仏群です。

  • 釈迦三尊像 3体
  • 十大弟子像 10体
  • 十六羅漢像 16体
  • 五百羅漢像 491体

一般的に五百羅漢像の配置は「弟子たちがお釈迦さまの説法を聞く様子が現されている」とされている通り、ここの五百羅漢石像も釈迦三尊石像を中心に雛壇状に配置されています。

\五百羅漢についてもっと知りたい方は「目黒 五百羅漢寺」をご参照ください/

釈迦三尊像とは・・・中央に釈迦如来(お釈迦さま)、左右に普賢菩薩と文殊菩薩を従えています。
文殊菩薩は智慧を司り、普賢菩薩は慈悲を司どります。

大円寺石仏群の文殊菩薩は経文を広げて読んでいるお姿である(普賢菩薩の持っている棒状のものは宝剣?)。
また文殊菩薩は獅子に乗り、普賢菩薩は象に乗っています。

手前の石像はかなり近くで見ることができます。
奥の方は少々遠いので、細かく見たい場合は双眼鏡やズームの利くカメラを持参するのがおすすめです。

ふくみみ
ふくみみ

五百羅漢は少しずつ表情が違うことに注目してください!
お一人お一人意味を持っています。

大圓寺の哀しい歴史〜目黒行人坂大火

大圓寺にまつわる哀しい歴史があります。
江戸三大大火の一つである明和の大火(1772年)の火元となったとされています。

出火原因は坊主の放火(!)。
死者は1万4700人にも上ります。

大圓寺の名物となっている「大円寺石像群」は、明和の大火の犠牲になった方への供養のために造られたものだそうです。
圧倒的な光景が、かつての大火の凄まじさを物語るようです。

とろけ地蔵

大円寺石仏群に紛れて「とろけ地蔵」というお地蔵さんがおります。

脇に摩尼車まにぐるま(一周回せばお経を一度読んだことになるとされる車)が設置されています。

お姿は名前の通り、お顔も体のディテールも「とろけ」て、お地蔵さんだったとは言われなければわからないほどです。
(余談ですが「崩れる」とか「溶ける」でなく「とろけ」という言葉にセンスを感じます!)

とろけ地蔵
見事にとろけたお姿!とくとご覧あれ!

この「とろけ地蔵」のいわれは、かの大火の折、火に弱いお地蔵様を焼失から守るために川に投げ入れたところ、品川まで川を流れて漁師の網に引っかかって引き上げられたとのことです。
その時にとろけた姿であったことから「とろけ地蔵」と名付けられたのだとか。

こんなにとろけてまで残った縁起の良いお地蔵さんとのことで、「悩みをとろけさせて消す」ご利益があるとされ、人気のお地蔵さんとなりました。

生身(しょうじん)の釈迦如来

生身(しょうじん)の釈迦如来」とは、胎内に絹製の五臓六腑が納められ、脳や目、歯、膝の皿なども表現されており、お釈迦さまの生前の姿を写し取ったものだそうです。

生身の釈迦如来
釈迦如来の納められた釈迦堂。秘仏のため通常は扉が閉ざされています。

大圓寺の釈迦如来は京都嵯峨にある「清涼寺」に伝わる釈迦如来立像を模したもの。
また、元々は鎌倉の杉本寺にあったものなのだそうです(上記、体内に納められた木札によって読み取れるそう)。

生きている人のお姿のため、見た目は薄い衣を纏っている(露出が少ない)とのこと。

秘仏 釈迦如来立像(生身の釈迦如来)ご開帳について

「生身の釈迦如来」は秘仏のため常時の公開はされておらず、下記期間にご開帳されます。

  • 1月1日~7日
  • 4月8日(お釈迦さまの誕生日を祝う花まつりの日)
  • 2ヶ月に1度の大黒天のお祭り(甲子祭)の日
  • 11月初旬に開催される東京文化財ウィーク

ちなみに大圓寺は元祖山手七福神の大黒天が安置されるお寺
1月1日~7日は元祖山手七福神巡りができますのでおすすめです!

大黒天

大圓寺の山門にも境内にも、これでもかと「大黒天」アピールがあります。
常香炉にも大黒天の打出の小槌の絵が。

常香炉正面に打出の小槌の絵柄

ちょっと可愛いですね!

なぜ大圓寺はこんなにも大黒天押しなのでしょうか?

その答えは、この場所が江戸城裏鬼門の方角になるため、五穀豊穣を司る大黒天を祀ることによって江戸の安泰を護っているからなのです。

なぜ大黒天か、の一説には徳川家康将軍に似ているから、というのもあるそうです。
ちょっと納得ですね(笑)。

開運出世大黒天と三面大黒天

大圓寺に大黒天は二つありますが、本堂に安置されているのは「開運出世大黒天」です。
ご本尊釈迦如来ではない、というところに大圓寺の江戸における役割が大変重要であったことがうかがえますね。

もう一つ、釈迦堂に安置されている「面大黒天」。
比叡山から伝わる守り神で「三面六臂大黒天(さんめんろっぴだいこくてん)」とも言われます。
正面は大黒天右には勇気と力を与える毘沙門天左は美と才能を与える弁財天の顔が彫られています。
福徳開運・商売繁盛のご利益があるとのこと。

大圓寺の三面大黒天は秘仏で、残念ながら公開されていません。

勝軍大黒天

ホームページやブログ等で取り上げられていらっしゃる方をほとんど見かけなかったのですが、大圓寺にはもう一つ、本堂に「勝軍大黒天」が祀られているそうです。
調べますと勝軍大黒天も比叡山から伝わってきたもの。
三面大黒天が考案された時期を同じくしてニューヒーローとして誕生したそうです。

大圓寺の勝軍大黒天は公式ツイッターでそのお姿が拝見できます。

七福神石像

大圓寺は非常に七福神押しですね!
本堂の脇の一番目立つところに、なんともカッコいい七福神石像が安置されています。
七福神、全部います(笑)。
こちらがまた写真映えするお姿なのです!

大圓寺七福神石像(右から)
七福神 右から
大圓寺七福神石像(左から)
七福神 左から

何度見てもカッコいい石像です。

木造十一面観音立像

木造十一面観音立像は本堂に安置され、2020年解体修復。
平安時代の作と言われており、画像ではかなり傷んだところがありそうでしたが、無事に戻ってきたとのことです。
目黒区有形文化財に指定されています。

公式ツイッターで少しだけお姿が見られます!

もちろん一般公開はされていません。
代わりに?本堂前に観音様の石像があり、こちらも大変美しい御姿です。

観音菩薩石像

金箔の薬師如来

目黒大圓寺にはまだまだ面白い見どころがありますよ!
本堂の向かって右側に一際輝く仏像が。
金箔の薬師如来さまがいらっしゃいます。

大圓寺薬師如来像
金箔に彩られた薬師如来像


金箔は3枚セット500円となっており、自身の身体で悪いところ・気になるところと同じ場所に金箔を貼って治癒祈願するとご利益があるとされています。
金箔の量からして、特に頭・顔・胸・腹が気になる方が多そうですね・・・。

金箔を貼るのは、自分のためだけでなく家族や友人のためでも良いとのことです。

目黒川の太鼓橋に使われた石材

ユーモラスなお地蔵さんが誇らしげに乗っかっている石碑には「目黒川の太鼓橋に使われた石材」と書かれています。

目黒川の太鼓橋に使われた石材

もう片側にはこのように書かれています。

八百屋お七の恋人吉三はその後名を西運と改めお七の菩提を弔うため江戸市民から寄進された浄財を基に行人坂の石畳、太鼓橋を石の橋にした。

「目黒川の太鼓橋に使われた石材」に銘記

大変な火事を経験し、防災対策として木造の橋から石造にしたのですね。

八百屋お七・吉三の石碑

うっすらだが西運上人の姿が刻まれている

阿弥陀堂の脇に西運上人がお七の菩提を弔う様子が描かれた石碑が立っています。
八百屋お七の伝説はあくまでお話として様々脚色されていて、大圓寺の伝える史実を真実として良いのかどうかはわかりませんが、少なくともゆかりのある寺であることは間違いなさそうです。

八百屋お七のお話とは・・・
お七は江戸の大火で寺に一時避難をしたとき、寺の小姓であった吉三と恋人同士になった。
寺を出て家に帰ってからも恋を忘れることが出来ず、家が火事になればまた寺に身を寄せることが出来ると考え放火をしてしまった。
それが罪に問われて火炙りの刑に処せられたという悲恋のお話。

恋人の吉三は僧西運上人となり、明王院(後に大圓寺に統合される)に入ってお七の菩提を弔いました。
また、お七の成仏のために苦行を成し遂げた西運の夢枕にお七が立ち、西運の弔いのおかげで成仏できる旨を伝えたことから、「お七地蔵」を造ったとのことです。
お七地蔵(体を少し左に傾けている像)は阿弥陀堂に安置されています。

吉三(西運上人)のお七への愛もまた本物であったのですね・・・。

阿弥陀堂

大圓寺 阿弥陀堂
阿弥陀堂

大圓寺阿弥陀堂には目黒区指定文化財である木造阿弥陀三尊像が安置されています。

中尊の阿弥陀如来は左足を垂らした半跏で、非常に珍しい形となります。
木造阿弥陀三尊像は非公開です。

また、阿弥陀堂には会津八一さんの書が所有されているとのこと。
一般公開はなしですが、写経会が阿弥陀堂で行われるため参加すると見られるようです。
ご興味のある方は写経会に参加してみてはいかがでしょうか。

様々な石像たち

大圓寺にはまだまだたくさんの味わい深い石像がたくさんありますので、一気にご紹介!

大圓寺道祖神

阿弥陀堂横に愛らしいお姿でたたずみます。

道祖神石像

六地蔵

近くの目黒不動尊では「北向き六地蔵」が有名ですが、大圓寺にも可愛らしい六地蔵がおります!

六地蔵

観世音菩薩石像

美しい観音様がここにも。六地蔵の横に位置します。

観世音菩薩像

壁際の石仏たち

分類が難しいので一気にご紹介。
ぜひ見てほしい石像ばかりです。
「こんなところにも!」という発見を楽しんでください♪

見ざる言わざる聞かざる
見ざる言わざる聞かざる石像
大黒天石像
大黒天石像
身代わり地蔵尊
身代わり地蔵尊石像
庚申塔
庚申塔(みざるいわざる聞かざる)
山門の守り地蔵
山門両脇に小僧の像
水子供養地蔵群
山門を入って右手には水子地蔵群

鐘楼堂

立派な鐘楼

最後に鐘楼堂のご紹介です。
特になんの変哲もなさそうな鐘楼堂ですが、裏に回ると・・・

あれ!?鬼が

鬼がいる!
いろいろとツッコミどころが満載なお寺です(笑)。

おわりに

いかがでしたでしょうか。
元祖山手七福神のお寺は、境内は広くはないけれど見どころや逸話がたくさんあり、めちゃくちゃ面白いところが多いですが、この大圓寺はその中でも格別です。

ちなみに、ランニングのコースに組み込んで全部の御神体に手を合わせていく地元の方がたくさんいらっしゃりビックリしました。
目黒の方には、大圓寺のお参りが生活の一部になっているようでした。

遠方組はたまにしか行けないのが残念なくらい、何度でも行きたいお寺でした。

ああ、平和なり〜

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